冷蔵庫のメモを見上げながら、運河沿い、君の方へ歩いている

この街に降る雨が伝説を濡らしている。
僕のからだからは酷い石鹸の匂いがする。
窓から見える水道塔が空を突き刺す。
僕はデッサンのノートに、君の故国の言葉と植物図を描き込んだ。

埃の塊みたいになった猫が、眠りの隙間から耳だけをぷるるっと震わせる。
街の外周を走る道路がそのままセントラルまで延び、郊外は水にけぶって見えない。
デスクの端広げられた読みしの本が、金融の統計と軍事費の推移をグラフで表している。
僕は立ち上がって、調光のために設けられた、別の天窓が作り出す比較的明るい床へと、部屋を蟹のように這って行く。

救急車のサイレンが起り、徐々に静まって行った。
ベッドから起き出した君は、ボサボサの頭を振りながら、薬缶に湯を沸かしている。
薬剤の包紙を震わせるように、ラジオが淡々と、今朝の戦況と大陸で発生したテロを伝えている。
〝こんな地上じゃ報われることはないよね〟時制が変わろうと変遷しない同一の、これは、或る種の「学説」だろうか?

白く明るい光を縫って、タールのようなものが運搬されている。
陶器の砕片と硝子ガラスだまが混淆され、あたいを付けられ、売り捌かれて行く。
此処からは遠過ぎる場所で、新星ノヴァが爆発している、その磁場だけが風のように聴こえる。
〝ライフ・ジャケットを着込んだ犬を、ちんは何処で見掛けたんだっけ?〟老帝はベルトを外し、地球の裏側で今、眠りに就くところだ。

〝きっと、この街を降る雨に濡れているのは、交換所なんだろう〟
〝借金のプロミスじゃないか?〟どうだろう、どうだろうか。
我々は寝苦しかった昨夜の暑気について、短い意見を交わしている。
食卓に皿を並べて、その一枚の上を蝸牛がゆっくりと滑って行く。

天窓を見上げながら、メビウスをくゆらせ、フィルターをよだれで湿らせて行くナビ
この都市の西端に注ぐriverを、君はまだ知らずにいる。
戒厳令下の、冬の逢着から、きっかり二年と六ヶ月が経った。
けれどここからは、未だに何も望めない初夏だ。

だから、アラン、帆を揚げて風を孕ませよ。ジュナ、時代を歌にしっかりと書き込め。
諦念と無縁の詩句は、畢竟、幼いお前たちにかかる。
僕が年を老いる朝は、既に次頁に組み込まれている。
〝どうか、過たぬ「基準」を発語して下さい〟軽やかにナビがグラフから飛び発って行く。

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