秋夜

深夜、寝静まった家から
私は暗い玄関でサンダルを履き、
パジャマのまま表に出た。
台風が去ったばかりの戸外。
まだ強い風にひどく揺れている木。
ginkgo, dogwood――
そんな単語を考えながら歩く。
雨だけは既に上がっていて、
乾いた路面が仄白く伸びている。
(カーディガンの襟元を合わせながら、
 刻々と進み行く時候を思う。)
(一面の地面に立っている漣、
 ――入口の脇を通り過ぎた公園。)
私が起き出して来たのは、そして
このように歩いているのは、
強く気配を実感するため。
そうして色付き始めた天体を
確実に我が物とする、――
などと大仰なことを言ってみても、結局は、
室内で喫煙を禁じられている身の、
言い訳さ…。不意に、
幼い息子の寝顔と、
起きている時の彼女の真剣な眼差し
を思い浮べて、震撼しながら
私は吸差しを携帯灰皿に叩き込んだ。
(二匹の飼い猫、奴等ならまだしも
 お前をにゃあにゃあ迎え入れるかもね。)
銀杏、花水木――風にひどく揺れている木。
振り落された葉やちらしが
路側に濡れて溜っている。
各戸明かりの消えたマンション。
流れ行く夜空を見上げて、ゆっくりと
私は二本目を取り出した。

ページの上部に戻る