筏(ikada)

弱いんじゃない 柔らかいんだ
鈍感じゃない 我慢強いんだ
僕が喋らないのは
たぶん アイツラには通じないから
太いアンテナでは
震えるような振動は 感受できないから
アイツラの言語と 僕の言語は
違う辞書に載っている
僕は そんな異国語のシャワーを浴びて
異邦人の面持ちで 学校をあるいている
廊下は牢苛ロウカ

天窓から空を見ていると
いきなり後頭部に 飛礫つぶてが飛んでくる
飛礫で眩暈げんうんした 頭の中に注がれる
異国の言語が 僕を激しく混乱させて
僕の中の正しさが 
強烈な磁場で僅かに歪む
僕の言葉が
チューンガムみたいに 吐き捨てられて
壁に 床に 髪に 心臓に 
不作法に張り付いていく
アイツラの唾液で汚れた 甘みの失せたガムが
まるで しつこい染みのように
僕を疲弊させる

たかが言葉じゃないか 
痛くも痒くもない
悪ふざけの延長戦の 場外乱闘だよ
そう、あれはショーだ プロレスさ
さもなくば 温泉宿の卓球台だ
クラスメートの余暇だ 娯楽だよ
教育現場は「すべて 世は こともなし」だ

だから  
僕は 喋らない
喋れば喋るだけ 壊れていくから
僕を取り囲む 強固な要塞が
破壊されていくから
粉々になった瓦礫は 
僕の亡骸だから

「やめてくれ」
何度も僕が 放った言葉は
「痛い、辛い」
何度も僕が 叫んだ言葉は
暴風に巻き上げられる種子のように
結局 どこにも根づかなかった
この嵐の中じゃ無理もない
大切な小さきものは 消されてしまう

僕は ポケットのナイフを捨てた
いつか したたかに
自分を傷つけそうだから
傷から滴る血の衝撃で 
謎のダイイングメッセージを遺しそうで
そのメッセージも
アイツラの辞書には無掲載ないのだから

言葉は爆弾だ 最終破壊兵器だ
僕は言葉を飼いならし 手なずけて
練り上げて 風雪にさらして 焼いて冷やして鍛えることにした
僕だけの言葉で
たたかうことにした

詩は僕をみつけた
僕は詩の門をみつけた
押すと柔らかく門は開き
風が入ってきた
僕だけの言語を獲得し
言葉を楯にして
観念と決闘する
自分だけの文明を作った 
ロビンソン・クルーソーのように
蔓草の繊維で言葉のいかだを編み上げて
還るんだ

その 手妻てづまを 君に
苦しんでいる 君に見せて
この一編の詩を
メダルのように
君の首にかける

僕は 君だ
君は 誰かだ
そして
誰かは 僕だ

今は こんなに 
離れているけれど

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