満月

炊き出し弁当をいつもの時間に配り始める
白髪まじりのソフトウエーブをゆらして
彼がやってくる
彼の歩き方は
大きな荷物を背負っているような
前傾姿勢なので
遠くからでも すぐにわかる

土手を上ってきて
順番を待つ列にならぶ
私の手から
彼が弁当を受けとるまで
あと何人 と
時折、背中を反らしては列を数える

「みてみな。
あの垂直に立った鉄塔の下を
まるで風にたなびく葦のように
男たちがゆれている。
逆巻く追想の果てに
身も世もなく忘れられて。
カタチあるものが欲しいんだ。
麻袋にアルミ缶を詰めこんで、
あの土手下まで引きずっていく。
麻袋の跡は、ででむしの
足跡に似ているんだな。
てらてらと陽光を反射して、
呑気に光っているのさ。
みてみな。
アルミを引いた轍の水たまりに
映りこんだ空を。
垂直に立った鉄塔の下の、
蒼いビニール小屋に寝て
水辺の 葦群あしむらのように、群生するあいつらを。
かんじてみな。」

私の前に立つと
彼はまた、詩人の言葉で語り始めた
まるで自分は、「あいつら」とは違うという口ぶりで
内側から煌煌と光りを発する
天眼石が填め込まれたような瞳で
真っ直ぐに私を見つめながら
話し続けた

気が済んだように
炊き出し弁当を受け取って
彼が土手下へ降りて行く
急に萎んだ風船のようになって

「ふらんす。なんでも あのひと
フランスに住んでいたことがあるんだって…」
ボランティア仲間の石井さんが
彼の後ろ姿に向けてアゴをしゃくった

月光に反射した
鈍色にびいろのジャケットが
小さくなっても光っているから
彼がどの辺まで歩いていったかがわかる

鉄塔が吊り上げた
動かない闇に
いくつもの青いテントが
蛍のように明滅する
満月

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