造本の旅人・4 『無伴奏』岡田幸生

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今回取り上げる句集「無伴奏」は1996年に刊行された岡田幸生さんの第一句集であり、現在のところ唯一の句集になる。
句集・歌集というものは、その多くが1000部未満ほどの数で制作され、いわゆる増刷をされることはかなり稀であり、長い年月を経てしまうと、入手することが難しい、という性格を持つ。「無伴奏」もそうした、入手困難な句集のひとつだった。
それが、2015年、新装版として刊行される運びとなった。未収録句六十句が追加され、文庫サイズの親しみやすいフォルムを纏った「無伴奏」は、SNSや文学フリマ、委託販売といった多彩な販路を経て、未見の多くの読者を得たようだった。
うす桜色の表紙を捲り、刊行を喜ぶ者の一人として、この句集を自分の手で新たに形にしてみたい、という気持ちが、私のなかにむくむくと立ち上がった。
作者の岡田さんは造本を快く承諾してくれた。そんな岡田さんに、「ヌードな本になります」という予言を、まず送った。

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表紙は2ミリ厚のグレーボールをそのままに、題と作者名は活字による黒の箔押しで捺されている。
背には少々壁紙っぽい製本クロスをあてた。
本文紙は生成りで、見返しが白い。本文紙の「マガジンテキスト」は漫画週刊誌のようなザラっとした手触りの紙で、嵩も高い。
本のサイズは大正・昭和初期の本のような変形サイズをイメージした。文庫より幅が狭くて丈が長い。

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函の内側も製本用ボール紙のままで、内張はない。外張には寄藤文平さんが開発に携わったファインペーパー「ブンペル」の、ベージュっぽい色味の「ナチュラル」を配した。函の構造(上蓋)を支えているのは外張の紙のみである。題簽は、外張りの紙を正方形に切り抜いて嵌め込んだ。こちらは名久井直子さんが開発に携わったファインペーパー「ポルカ」を使用した。なかなかない色味の紙なのだ。
とにかく「手触り」のある本にしたかった。嵩高の本文紙を使用しているせいか、手に持つと、閉じていても「ふわっ」と気配がする本になった。

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本のタイトル「無伴奏」は集中の一句、

無伴奏にして満開の桜だ

に含まれている。「無伴奏」の俳句はどんな句か、と問われたら、「次の音のほんの少し手前にある句」と言いたい。何を言っているのか自分でもよくわからないが、そう言いたくなる気配が満ちている。次の音に移るまでの束の間、見落としてしまいそうなわずかなときのまを盗んできたような、そんな言葉が並んでいる。

きょうは顔も休みだ
みぞれのぬれたところが蜜だよ
つめたい手紙がよく燃えている
停電の部屋を泳いだ
春の簞笥の口あけている

巻末の「一九年後の後記」のなかに、こんな一節がある。

 私は、拙句が広く伝染することを願っていた。たとえば一〇〇年後、手を休めて空を仰いだ孤独な農夫をして「秋空ひとりでひろすぎる、なんてね」と言わしめるような丈夫なパッケージを夢見ていた。

同じ詩型を志すかなり端っこのひとりとして、深く頷く一文である。愛は消えても親切は残る。作者は消えても作品は残る。作品は、産み落とされた瞬間から、作者のもとを離れ、どこかまで行く、作者の辿り着かないような遠くまでも。そうして、大気の一部となり、どこかのだれかの口の端にのぼったりする日が来たら、他に言うべきことはない。
この夢は、しかし、かなえられつつあるのではないかと、SNSのタイムラインに流れてくる、見知らぬ誰かが引用した「無伴奏」の句を見ながら、畏友に対しひっそりと祝福の気持ちを抱きながら、思うのである。

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本書のデザインは(というか、この連載の作品すべてがそうなのですが)一切を造本家の一存で決めている。原本の作者の意向を伺う、ということはない。そのような、ある意味暴挙ともいえる提案に、即座に賛同してくれたことに、言い出しておきながら、感謝とともに畏怖の念を抱いたのだった。
「装幀は批評だね」と岡田さんは言った。作品に、少しでもよい光を当てることができただろうか。

制作を快諾し、ご協力くださった岡田さんに感謝申し上げます。

[DATA]
本体 W95 D17 H155
函 W103 D24 H164

本体 表紙 グレーボール 2mm厚
表紙背張 製本用クロス ニューベラム生成
見返し タントセレクト TS-1 N-7 100kg
本文 マガジンテキスト きなり<42>
函  板ボール 2mm厚(製本工房リーブル)
表張 ブンペル ナチュラル 55kg
函題簽 ポルカ カカオ 70kg

表紙 箔押し
本文 インクジェットプリント

四方山話「造本の旅人annex」はコチラ

*下記インフォメーションは、文中にも登場する2015年に刊行された新装版「無伴奏」の入手方法です。
「造本の旅人」公開作品はweb展示のための作品で、販売はしておりません。ご了承下さい。

新装版「無伴奏」

※新装版「無伴奏」(左記画像参照)ご希望の方は、著者・岡田幸生さんまでお問い合わせください。
ご住所とお名前をご記入の上、
okdyukio@gmail.com
へメールにてご連絡ください。
価格は700円(後払・送料無料)です。

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