石村桂子詩集「幻蝶」「置き去りの孤島」「保釈」


「幻蝶」

どこからともなく突如として
視界に現れた黒い蝶々
振り払おうとすればする程
僕の中に棲みつく黒い蝶々

痛みは黒なんだ
すべての感情の色を次々に
ただの黒にしてしまう  ただの黒に
そして世界から色はなくなる
そして世界には痛みしか残らない

人は痛みを殺せない
痛みを殺すことはできないのに
痛みは簡単に人を殺す  精神を粉々にする
誰の目にも見えない  それでいて存在感は果てもない
威圧で重圧で重厚で救いようがない

色のなくなった世界から
逃げることも隠れることもできない
世界は巨大な掃除機だから
入口はあっても出口はない

どんなに光を求めても  欲しても
この目には眩しくて受け容れられない
生きるための苦しみなのか
死ぬための苦しみなのか
誰一人とも分かち合えずに
僕は僕の中にある僕にしかわからない
果てしない宇宙のような痛みに朽ちてゆく

闇に葬られているような日々
それでも生きるしか息るしかない
輝きを失い灰になったなった僕
幻は黒い蝶々だったのか
それとも僕だったのか

「置き去りの孤島」

いつからか夢を描けなくなってしまった
夢なんて雨が止んだ後の傘のようなもので
夢は希望であり凶器でもあると気付いた
再生ボタンのない僕は
スローモーションのように
ただの一歩も進めずに
巻き戻しでもしているかのように生きるだけ
未来に希望なんて持てず
明日さえ見え ない
過去にも戻れない
どこにも行き場はない
非情にも時間だけは流れていき
どこまでも置き去りにされる
まるで僕は外の世界から切り離された
小さな小さな取り残された孤島みたいだ


「保釈」

全てのものから解き放されて
全てのものから自由になって
解放と自由を手に入れたとして
果たして上手く生きられるだろうか
長い間モノクロの世界の中で
狂気だけを信じていた僕に
幻と現実を区別できるだろうか
歪みきった僕の心には
狂気の中で咲き誇り儚く散った
消えることのない傷跡だけが残っている

鏡の中には僕の知らない
もう一人の僕が写っていた
血まみれの僕が
笑いながら「こっちへおいで」と
僕は微笑み返し
そして消えていった

僕は僕を飛び越え僕になる

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