造本の旅人・6 『富士山』草野心平

草野心平といえば、

るるるるるるるるるるるるるるるるるるるる
「生殖 Ⅰ」

であり、

おい ぎやへるつ子
なぜなくんだ
なぜぷるぷるげりげりよろこんでゐるんだ
「蛙は地べたに生きる天国である」

であり、

るてえる びる もれとりり がいく。
ぐう であとびん むはありんく るてえる。
けえる さみんだ げらげれんで。
くろおむ てやらあ ろん るるむ かみ う りりうむ。
「ごびらっふの独白」

なわけですが。
「富士山」のあの、禍々しくも騒々しく賑々しい世界を、
一枚の紙に綴ってみたくなり。
折本にしようと思い立ったのでありました。

本文の刷り色は青から薄紫へのグラデーションを繰り返しています。
簀の目入りの和紙をつないだ折本は、京型染めの友禅紙で前後の表紙を包みました。

収納する丸帙は印伝の漆紙を模した型押し紙で、内張りには柿渋染めの手漉き和紙を使用しています。
本体と帙、いずれも経典や朱印帖をイメージしつつ、仕上がりを見てさらにその感を強めました。
どこか広い座敷で、全長5メートル弱の本文紙をバラバラッ、と一気に広げたい衝動にかられます。

今回悩んだのは本文の書体を如何するかということで、
本文全体を色刷りのグラデーションにしたい、という構想が先立ち、
色の変化がわかりやすいほうがよいのでは…
ボディが太めのほうが色が映えるのでは…
小さすぎる文字では詩の存在感に負けてしまうのでは…
太すぎる文字ではくどくなってしまうのでは…
などと、なかなかしっくりくる着地点にたどり着けないでいた。

結果的に採用したのは秀英明朝体のL。
すっきりと読みやすく、かつグラデーションの推移が邪魔にならず無駄にならず、…なところへおさまったのだろうか。そう思いたい。

「富士山」は「作品第壱」から「作品第弐拾陸」まで、徹頭徹尾富士山を賛美し、恐れ、思い巡らせ、のたうちまわる作品です。
原典は岩波文庫「草野心平詩集」から採用しました。解説によると文庫版「富士山」の原典は『草野心平詩全景』で、「詩集『富士山』に対し、『大白道』『日本沙漠』『牡丹圏』『天』より富士山を主題とする九篇を抜き出して追加し、全二十六篇とした形」(解説・入沢康夫)なのだそう。全篇が連続して書かれたものではないにもかかわらず、読みすすめていくにつれ、時間を遡ったり進んだり、極小の視点から極大の視座へ、とワープを繰り返すさまは叙景詩のようですらあります。
「大摺鉢をめがけて進む。/闇のとほ巻き。」の結句に向かって、頭のなかではBGMとしてマントラが繰り返される。そんな印象を抱かせる、すさまじいエネルギーを秘めた詩です。

[DATA]
本体 W68 D14 H112(mm)
丸帙 W72 D20 H115

本体 表紙 京型染め友禅紙 山々
   見返し 民芸紙 れんが色
   本文 大直 コピー&プリンター用和紙 簀の目白
丸帙 表紙 印伝漆風紙 椿柄 紺
   内張 手漉柿渋染め紙
題簽 大直 コピー&プリンター用和紙 楮入無地 白
本文タイトル 大直 麻紙 自然色

題簽・タイトル カラーレーザープリント
本文 インクジェットプリント

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