沙界夜「やわらかな黒い犬が落ちていく」他三篇

僕と君

手をかけて、
君が握るのは、僕の心臓
途方もなく熱い
君が握るのは、僕の心臓

今すぐ墓を暴きにいこう
君と僕は不可思議な虹彩を持って
あの世とこの世をみ続けている
(今すぐ骨を燃やしにいこう)
君と僕は不可思議な実体を持って
あの世とこの世をみ続けている
(今すぐ墓を暴きにいこう)

手をかけて、
君が握るのは僕の心臓

 

やわらかな黒い犬が落ちていく

赤い服を着て階段をのぼる女の横を
今日はわたしのための祝日
やわらかな黒い犬が落ちていく
黄色い紙袋を持って立つ男の横を
両足を揃えて

今日はわたしのための祝日

祖父も祖母も みんな みいんな 死んでしまった
死者を飾る花はいつも変なにおいがしている
今日はわたしのための祝日
透き通った誰かが泣きながら微笑んでいる
両足を揃えて

今日はわたしのための祝日

やわらかな黒い犬が落ちていく

 

お別れの日

数が多くて、わたしは、曇った空の広さを忘れた
水滴が落ちるとき、わたしは、涙袋に光を足した
いくつかの正しさを、わたしは、正確に読み取る

数が多くて、わたしは、曇った空の広さを忘れた
棺が閉じられるとき、わたしは、緩やかに忘れる
いくつかの正しさを、わたしは、正確に読み取る

誰かのものになっていく、君と
あちこちで手を合わせる、私は
瞳を開いてみることに決めて
新しい部屋の感想をじっと待つ

 

二〇二十三年 十月 十日

清新という字を墨で書いた日
祖父は私の手を取った
しっとりとした水分のない手を
銀座へ通っていたという祖父の手に刻み込まれる皺を、もう、
思い出すことができない
思い出すこともできない
思い出すことはできない
思い出すことのできない
線と、線と、線とが
頭の中で加速していく、遅い、遅い、遅い、もう、
揺 れ て い る。
血筋は絶えず、耐えて、終点へ差し掛かる
清新という字を人さし指が打つ
揺れることもなく、
揺られることもなく、
アナウンスには魂がなかった
知らないひとの声
子どものころ 聞いた大人の声
(東京へゆくのは大人になってからのことです)

*

「いつもいた人が今日はそこにいない
いつもいない人が今日はそこにいる
たったそれだけのことなのに、」


沙界夜

第一回RANGAI文庫賞受賞。第一詩集『君の見ているものが僕に少しも見えなくても』(RANGAI文庫)を上梓。9月生まれの天秤座。ホラーとかわいいものと睡眠が好き。

 

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