詩「崩れゆく地平」他三編

「崩れゆく地平」

壊れた。昨日まで座っていたはずの椅子
壊れた。プラットホームに喰い込んだ爪先
壊れた。逆立ちをはじめた腕時計
それは今日も、
今日も、今日も
壊れる、壊れ続ける
私を取り囲んでいる事象は
妄想に浸食され
赤い靴をはいた踊り子が描く
弧線に沿って、今、
日没が 始まる


「群衆」

選び抜かれた者が成す軍列が
闊歩する 眼前を
何の根拠もなしに
ゆき過ぎてゆく 眼前を
私の
見送る群衆の シュプレヒコールは
まるで勝ち誇った声色で
けれど一体
その心の内は
聴こえない声は
何の意味すらも持てない
周囲の歓声に引きずられて
思いもしなかった言葉で 今度は
内声の群衆が 列を成す


「名前の無い」

名前の無い 顔がいくつも
拡がってゆく 街を埋めてゆく
呼び合おうにも 呼びかける名前がそこにはなく
躊躇って でも 振り返って
呼び止めようと思ったのに
呼びかける 呼び止める その術がない
幾つもの顔が 私の傍らを行き過ぎてゆく
時に肩にぶつかり 時に足に躓く
けれど
名前を持たない顔と顔が
向き合う その場所がない
身体の何処が触れ合おうと
視線の何処が交差しようと
もはや 取り返しようのない
欠落が
見上げる空に立ち込めた雨雲のように
この街を 呑み込もうとしている

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