詩「流」他四篇

「流」

 

 

何処から来て

何処へ流れてゆくのか

川下へ 川下へ

時折傾きながらも行き過ぎてゆく

流木の

もうずいぶん前に 途絶えたのだろう

息遣いがそれでも 聴こえてくる

決して抗うことなく 川下へ

川下へと 流れ続ける

沈んでしまうにもまだ遠い

彼方の時間が 横たわる

川縁で はしゃぐ子らの声が

その息遣いに乗り 風になる

 

 

「楔」

 

 

打ち込んだ楔の何処に

約束があったのだろう

楔が喰い込んだのは確かに

赤茶けた土中だった

けれど

楔が打ち込まれたその場所は

ひとつの胸元

だったのだ

それでも一瞬にして止まることのできない

呼吸が

ぜぇぜぇと 音を洩らしながら

赤茶けた その土の中に

吸い込まれてゆく 紅色の血脈を

明日は誰かが

何も知らずに 踏みつけてゆく

 

 

「九,一ニ五の墓標」

 

 

前方五〇メートル

あの角を曲がるまで

 

午前四時 白み始める空の下

振り向くな 決して

そうしている間にも忍び寄る

耳を澄まさなくとも聞えてくる、その

地面を破りやがて姿を現すだろう

招かざる客

 

ふつふつと

ふつふつ と

胸倉に突き刺さっていた筈の墓標を押し退け

右手から 地上へと、今

 

振り向くな、立ち止まるな

今は歩け、走れ、ひたすら今は

決して忘れてはいけない

おまえの今が いつだって

死者たちのために 在るということを

 

あぁ、

 

招いてくる白い手が

ふわふわと 眼前を漂う そして

正面に座った私が

嘲笑に満ち満ちた顔つきで

こちらを 窺う

 

 

「雑踏」

 

 

空が墜落する。

一九九五年十二月三十日

午後四時五十八分

溢れ返る雑踏の、

まさにその脳天に

墜落が描く垂直線は

私の脊髄を

真っ二つに 裂傷させる

痛みもなく 衝撃もなしに

乱れることのない雑踏が 等分された

セキズイを 通過してゆく その直中に

立ち尽くす

一分間は、

墜落の痕跡を残し得る

速度さえ持たず

腕時計の秒針一周きっかりで

その真実は消滅する

そして

裂けたままの 二つのセキズイとともに

私が 歩き出す

 

ページの上部に戻る