「獺祭」「シェパード」

「獺祭」

夕刊の投げ込まれる音で目覚める。
ベランダに出ると風の中に埃が感じられた。
保育園の迎えにつまで、時間があった。
いつからうとうとしていたのか、
常にあるこのだるさ。

夜、寝静まった家の寝床で独りごちる〝しゅーいさい〟。
さい河原かわら獺祭だっさい
身体からだを駆け巡った感覚
に似た間隔
を空けてもう一度試みる。
急に私の胸中で、ボイジャーが吠え立てた。
二十年前に歌い出したうたを、
自分はまた歌いたいのだ。

幻聴だったのか、サンダルを突っ掛け、
立っていた。
ひとが立っていた。懐かしさに、
私は手を振った。そう、あの日に。

「シェパード」

僕等ぼくらとは異次元の領野を
彗星となって駈けて行くシェパード。
気付いているのは多分、僕一人だけで、
サイレンサーのような微かな音が漏れている。
いつだって生まれたての、
新鮮な目と耳だけが、この犬に気付く。
僕もなりたいと思った。
彗星を走ろうと思った。
低く唸りながら、一歩を踏み出すと、
体がオーラに包まれ、君さえ見えなくなる。
(君から見えなくなる。)
徐々に加速し、更に音速を超えた。やがて、
シェパードに並んだ。頭ひとつぶん後ろを、
僕も駈けていた。あの日から、
白さ以外、何も見ていない。

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